TAKUMI PROJECT
日本フネン株式会社

「安心とやすらぎ」を届けるモノづくり
吉野川市に本社を構える「日本フネン株式会社」。
マンション用玄関ドアにおいて、全国で約50%のシェアを獲得している。
「安心とやすらぎ」を届けるため、日々お客様に選んでもらえるモノづくりに励む、代表取締役社長の久米徳男さんにお話を伺った。
マンション用玄関ドアにおいて、全国で約50%のシェアを獲得している。
「安心とやすらぎ」を届けるため、日々お客様に選んでもらえるモノづくりに励む、代表取締役社長の久米徳男さんにお話を伺った。

実は身近にあった、アイディア光る「日本フネン」のドア
1972年より県内の木工屋さん数社と「燃えない木材」を作る開発を始め、2年後の1974年、日本フネンは設立された。
新製品開発として、のちに看板商品となるマンション用玄関ドア(スチールドア)の製造をスタート。その頃はまだ無名であった日本フネンの製品は、最初見向きもしてもらえなかったという。悪戦苦闘を強いられる中、ある老舗大手企業の目に留まり、この出会いを発端に口コミなどで「日本フネン」ブランドが世に広まっていったそうだ。
新製品開発として、のちに看板商品となるマンション用玄関ドア(スチールドア)の製造をスタート。その頃はまだ無名であった日本フネンの製品は、最初見向きもしてもらえなかったという。悪戦苦闘を強いられる中、ある老舗大手企業の目に留まり、この出会いを発端に口コミなどで「日本フネン」ブランドが世に広まっていったそうだ。

競争相手は誰もが一度は聞いたことのある大企業ばかり。
そんな大企業を相手に全国シェア50%を獲得した戦略を聞いてみた。「大手企業はマンション用玄関ドアに限らず重量ドア分野の製造も手掛けています。もちろん市場は後者の方が大きいんです。しかし、弊社はマンション用玄関ドアというニッチな分野に特化して製造を続けてきたことでトップシェアを獲得できるようになりました。
創業当初から変わらないのは、モノづくりに対して現状に満足することなく積極的に挑戦し続ける姿勢です。今まで幾度となく変革期に遭遇してきましたが、”ピンチはチャンス”と捉え行動してきたこと、また運が味方してくれた結果が今日に繋がっていると認識しています」。
そんな大企業を相手に全国シェア50%を獲得した戦略を聞いてみた。「大手企業はマンション用玄関ドアに限らず重量ドア分野の製造も手掛けています。もちろん市場は後者の方が大きいんです。しかし、弊社はマンション用玄関ドアというニッチな分野に特化して製造を続けてきたことでトップシェアを獲得できるようになりました。
創業当初から変わらないのは、モノづくりに対して現状に満足することなく積極的に挑戦し続ける姿勢です。今まで幾度となく変革期に遭遇してきましたが、”ピンチはチャンス”と捉え行動してきたこと、また運が味方してくれた結果が今日に繋がっていると認識しています」。

市場ニーズに素早く対応すべく、次々と開発してきたドア製品のショールームを案内してもらった。日本フネンのアイディアが詰まった玄関ドアが部屋一面に並んでいる。デザインの違いはもちろん、特別な機能がプラスされたドアの数々。例えば、子どもやご高齢の方が誤って指を挟まないよう設計された指挟み防止ドア、ピッキング対策のなされたドア、コロナ禍に開発された「深紫外線で取手が殺菌」されるドア、スマートフォンのように顔認証で開閉するドアなどなど…。さらに、病院などでよく見かけるスライドドア。こちらも日本フネンのアイディア製品が採用されている。ドアは上から吊り下げられており、スライド部分に傾斜を設けることによって、開くドアの自重で勝手に閉まる。徳島市民病院、徳島赤十字病院、吉野川医療センター内のドアはすべて日本フネン製のものだそう。

「開閉機能はもちろん、防火・防犯・耐震など現存する機能の性能改善だけに満足することなく、お客様がまだ気づいていない機能を開発していくことが私たちの使命です。また、企業として80年後に残していくには、玄関ドア以外の事業を拡大していく必要があります」。とても穏やかな表情でそう語る久米社長は、仕事に対する熱い想いを持ち、常に向上心を忘れない方だった。顧客へ「安心とやすらぎ」を届ける心はもちろん、協力会社を「ユニフォーム違いの仲間」と呼んだり、社員やその家族を大切にする志を耳にして、日本フネンの快進撃はこれから先もずっと永く続いていくのだろうと確信した。

「日本フネン株式会社」
TAKUMI PROJECT
